• 川村武郎

「わかりすさ」だけが正義なのです。


この本は、なかなか興味深い。

昔から潜在的に存在していた「わかんねえ=つまんねえ」という意見が、ツイッターなどの普及によって顕在化した。そして、この「わかんねえ=つまんねえ→わからないものを作るヤツが悪い」というのが完全に正義になってしまった。それで、世の脚本家やテレビマンたちは、「わかりやすさ」だけが唯一無二の価値となってしまった状況の中で、「わかりやすさ」の強迫観念におびえていると言う。そこでは、もちろん「行間を読む」とか「類推する」とか「比喩・メタファー」なんてのはオワコン化し、とにかく説明ゼリフと説明過剰の字幕が求められているのだった。

例えば、「じっと黙って見つめ合う男女」の映像を見ても、そこに「愛」の存在は感じないらしい。「だって、好きだったら好きって言うはず」ということらしい。もちろん「あんたなんか大キライ!」は、ただの罵倒の言葉でしかない。

この間のウチの芝居でも、「おっさんの自己満足を並べただけ」という感想がいくつかあった。もちろんその可能性は否定しないが、ただ、「わからない俺の頭が悪いんじゃないの?」とは決して思わないみたい。

かくして、この世から読者や観客や視聴者は存在しなくなり、ただ「消費者」だけが跋扈して「お客様は神様だ。おまえらサービスが足りない」と主張している。

もはやリテラシー(読解力)は壊滅。そう言えば、おとついだったか立教大学の学生が「わからん授業をするな!」って教授に噛みついていたな。

まあ、オレはアマチュアで「自己満足」で芝居をやってるからいいけど、生業にしてる人は大変だな。

閲覧数:5回0件のコメント

最新記事

すべて表示

【本文は「メルティーチーズな明日の私」のパンフレットに記載した文章です。】 いきなりネタバレですが、芝居の中で「What A Wonderful World」が流れます。サッチモことルイ・アームストロングの有名な曲です。ご存じの方もおられるでしょうが、この曲はいわく付きの曲です。 「What A Wonderful World」が発表されたのは、1967年。ベトナム戦争が苛烈を極めていた時代です。

個人的な話で申し訳ないのだが、まもなく還暦だ。ウソみたいだ。まあ、周りから見たらどうって話でもないのだろうが、まさか自分が60歳になろうとは‥‥。ほんと、信じられない。おそらく、みんなそう思うんだろうけど。 ということで、ここ数年の自分の作品を見てると、「死」を扱ったものが多いことに気づく。別に悲壮感があるわけじゃない。ただ、「ほんとに死ぬんだなあ」と思うわけだ。もちろん、自分が死ぬことは10代の

今回の芝居のウリは、やっぱり舞台装置。美術の多賀さんがすごいのを作ってくれた。感謝感激。やっぱりね、装置で役者のモチベーションが劇的に変わるしね。 今回のお芝居は、「死」がテーマかな? ここ数年来、この「死」が気になってます。というのは、私の中に2つの「死」がパラレルに存在している。 1つは、十代の若者にありがちな「神秘」の存在としての死。十代はめったに死なないし、死は限りなく遠い存在。であるから