• 川村武郎

What A Wonderful World

【本文は「メルティーチーズな明日の私」のパンフレットに記載した文章です。】

いきなりネタバレですが、芝居の中で「What A Wonderful World」が流れます。サッチモことルイ・アームストロングの有名な曲です。ご存じの方もおられるでしょうが、この曲はいわく付きの曲です。

「What A Wonderful World」が発表されたのは、1967年。ベトナム戦争が苛烈を極めていた時代です。

曲の作者のボブ・シールは、後年に書いた著書の中で、「この曲は60年代後半のアメリカが直面していた、ケネディ暗殺、ベトナム戦争、人種間の争い、いたるところでの混乱、深まる国民的トラウマといった問題の解決のための心強い解毒剤となることを意図していた」と述べています。そうした強いメッセージ性の影響で、ABCテレビから妨害を受け、アメリカではヒットすることはできませんでした。それが、イギリスで1位となり、29週連続チャートインして注目を集めるという数奇な運命をたどった曲です。

そして、ルイ・アームストロングは、亡くなる1年前の1970年に新たなイントロを付け加えて再録音をしました。そのイントロの中で、彼は次のように語っています。


最近、若いやつがよく俺に言ってくるんだ。

「『この素晴らしき世界』ってどういう意味なんだ? 世界中で戦争が行われているよね? それを素晴らしいって言うのかい? それに、飢饉や環境汚染の問題もあるよね? 全然素晴らしくなんてないよ」

そうだなあ、ちょっとこのじいさんの言うことに耳を貸してくれないか?

俺には世界がそんなに悪いって思えないんだ。ただ、人間が世界にしていることが悪いんだよ。

俺が言いたいのは、世界にもう少しチャンスを与えれば、その素晴らしさがわかるってことさ。

愛だよ愛。それが秘訣なんだよ。もっとみんなが愛しあったなら、もっとたくさんの問題が解決されるんだ。そしたら世界はとびきり面白くなるだろう。

このおいぼれはそういう風に言い続けるのさ。


「Love baby,love.That's the secret,」か‥‥。ビートルズが「All You Need IsLove」を発表したのがこの年。ジョン・レノンが「ラブ&ピース」を唱え、「イマジン」を歌ったのもこの頃。まだ「愛」が信じられていた時代だったのですね。


この「メルティーチーズな明日の私」という芝居は、「日本人、日本社会はメルトダウンしつつある」という思いからスタートして、「世界もメルトダウンしつつあるのかもしれん。もうあかんかもしれん」という超ネガティブなお話です。「明日の私」なんて言ってますが、「明日なんかあるのかしらん?」と思ってますし、そんな悲惨な状況が、「愛」で何とかなる、という楽観的な展望も残念ながら持てません。

でも、でもですよ、ウソでもいいから明日を信じないことには人は生きられません。人間は弱い存在ですから。朝日は必ず昇るって、それだけは信じたい。これはもう祈りかもしれませんが‥‥。だから「明日の私」って付け加えたのです。


実は、元々1月に上演するはずだった時には、別の曲を使う予定でした。それが、朝ドラの「カムカムエブリバディ」で、サッチモの「On the Sunny Side of the

Street」を毎日のように聞くうちに、それから、2月に戦争が始まって、気が変わったのです。やっぱりこの曲かな?って。


コートをつかんで 帽子を取って

悩み事は玄関に置いて行こう

人生はとても素敵になるのさ

明るい表通りで

       「On the Sunny Side of the Street」


みんな、愛し合ってるかい?


                      作者しるす


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個人的な話で申し訳ないのだが、まもなく還暦だ。ウソみたいだ。まあ、周りから見たらどうって話でもないのだろうが、まさか自分が60歳になろうとは‥‥。ほんと、信じられない。おそらく、みんなそう思うんだろうけど。 ということで、ここ数年の自分の作品を見てると、「死」を扱ったものが多いことに気づく。別に悲壮感があるわけじゃない。ただ、「ほんとに死ぬんだなあ」と思うわけだ。もちろん、自分が死ぬことは10代の

今回の芝居のウリは、やっぱり舞台装置。美術の多賀さんがすごいのを作ってくれた。感謝感激。やっぱりね、装置で役者のモチベーションが劇的に変わるしね。 今回のお芝居は、「死」がテーマかな? ここ数年来、この「死」が気になってます。というのは、私の中に2つの「死」がパラレルに存在している。 1つは、十代の若者にありがちな「神秘」の存在としての死。十代はめったに死なないし、死は限りなく遠い存在。であるから